ももたろう 第3話 「けいおん!」
鬼ヶ島第一体育館に、鬼ヶ島が誇る屈強な鬼どもが集結していた。その数、およそ1万。
スピーカーからはスメタナの「わが祖国」の演奏が流されている。
やがて照明が暗転すると、誰からともなく声が上がり始める。
「ゴー!トゥー!HOT!」
そしてステージにはいつの間にか4人の人影が見える。
そう、彼らこそ最強の高校生バンド「HOT(放課後おにたいじ)」だ。
おばあさんがギターリフを弾き始めた・・・このリフは「鬼ヶ島」だ!
ヘヴィなリフにガリレオ・ガリレイのベースとのり子のドラムが絡む。一糸乱れぬユニゾンが一気に会場のテンションを上げる。
しかし、ヴォーカルのおじいさんの声が聞こえてこない。どうも様子がおかしい・・・入れ歯が外れているようだ。鬼どもは気にせずおじいさんの代わりに歌っている。
最初のコーラスが終わったところで、一度楽器隊の演奏が止まる。会場にカチッ、という音が響き渡った刹那、おじいさんが絶叫した。
「トオオオォォキョオオオオオォォォ!」
ここは鬼ヶ島だ。しかし会場の盛り上がりを見るにおじいさんが何を言おうがあまり関係ないのだろう。
「鬼ヶ島」の演奏が終わると、おじいさんは会場に向かって豆を撒き始めた。
「鬼はァァァ外ォ!」こともあろうにとんでもない暴挙だと思うかもしれないが、これはあの曲を始める時の儀式であることはみんな知っていると思う・・・そう、「節分」だ。
のり子がハイハットを刻むと、怒濤のファストチューンの始まりだ。
いつの間にかおじいさんはレスポールを弾いている。おばあさんとの流麗なツインリードはさすが夫婦といったところであろう。
アルバムでは聴けない壮絶なギターバトルが終了すると、バンドはそのまま次の曲の演奏を始める。
「鬼殺し」だ。
「手前ら全員2回殺す!皆殺してから皆殺す!」おじいさんが叫ぶ。普段のおじいさんからは想像もできない台詞だ。それに応えるかのように、会場前方は巨大なモッシュピット化している。「鬼殺し」を歌い終わったおじいさんは感極まったのか自らモッシュピットに飛び込み、そのままステージに戻ることは無かった。
おじいさんのことなど気にもとめず、バンドが次に演奏したのは組曲「猿」「雉」「犬」「熊」だ。4匹の動物を引き連れて鬼を退治した若者の冒険を歌った壮大なエピックをおじいさんの代わりにガリレオ・ガリレイが歌い上げる。明らかにおじいさんより上手い。
そして、この日のハイライトとなったのが、次の曲だ。
おばあさんが会場に向かって語りかけた。
「みんな、きいとくれ。これから、新曲を演(や)ろうと思う。おじいさんはいないが、みんなが歌ってくれればきっと演(や)れると信じているよ」
最前列の鬼が答える。
「無理だよ、おばあさん。俺たちCDに入っている曲は完璧に覚えているけれど、知らない曲じゃ一緒に歌えない」
そこでガリレオ・ガリレイはこう言ったのだ。
「あきらめてはいけません。人間だって、鬼だって、あきらめたらそこで試合終了なんです」
その時、奇跡が起こった。ステージにおじいさんが現れたのだ。
「ガリレオさん、おじいさんは感動したよ。あっちで休んでいたんだが、もう一度歌ってみようと思う」
その瞬間、おばあさんがアコースティックギターでアルペジオを奏で始めた。
おばあさんが、泣いていた。おじいさんが、泣いていた。鬼たちが泣いていた。
おじいさんは涙声だったので何を歌っているのか全く判らなかったが、その曲は感動的な曲だった。